Carpe diem

飾らず ただ心のままに…
日景忠男
本日のニュースで見かけましたが・・・日景氏、覚せい剤所持で逮捕されました。
いつだったか、「あの人は今」と言うテレビ番組で 久しぶりに彼の姿をみましたが、 
彼の名前を聞いたのは それ以来です。

日景氏といえば、1983年(昭和58年) 6月28日に自殺した沖雅也。
遺書にあった 「おやじ 涅槃で待つ」 が極めて有名ですが。
彼の遺書の文面を、ネットで見かけたので以下にコピペを。
<ホテルに残された遺書の全文>
今……
プラザホテル様へ
大変申し分けなくおゆるし下さいませ。
つかこうへい様 あなたの名、つかを使いし僕をゆるせるものならおゆるし下さい。
人は病む。いつかは老いる。死を免れることはできない。
若さも、健康も、生きていることも、どんな意味があるというのか。
人間が生きていることは、結局何かを求めていることにほかならない。
老いと病と死とを超えた、人間の苦悩のすべてを離れた境地を求めることが、
正しいものを求めることと思うが、今の私は誤ったものの方を求めている者。
(便箋裏)
「おやじ 涅槃でまってる」 沖 雅也

<自宅に残された遺書の全文 その1>
私は生きる気力を失い苦しさに負け、死を選びます。
私の死は、私自身の人間としての問題で有り、
沖雅也としてでなく日景城児として、死んでいきます。
一、日景家一同様、名を汚して申しわけ有りません。許してください。
一、日景忠男殿、あなたにうけたあたたかい思いやり、身にしみて感じておりました。
一五年、大変お世話になりました。楽しい日々でした。お元気で、ありがとう

<自宅に残された遺書の全文 その2>
私 沖雅也は生きていく気力を失い自殺します
この自殺は私個人の問題で有り 人をきずつけた私のせめてものおわびです、
死という弱いひきょうなことでしかおわびの方法を知らない私をおゆるし下さい
他人にめいわくのかからぬ様死にたかった

日景忠男殿
あなた様のこの一五年の心苦いかばかりかさっするにあまりあります
あなた様から受けた人生道、人間道、身にしみて、心より感謝いたします
一心同体で歩いてきた道ですが 途中で投げ出す私をおゆるし下さい。
あなた様に何もしないで何も言わないで死んでいく私を、おしかり下さい。
私のごとき男がそばにいてはあなたの人生がダメになります
ありがとうございました お世話になりました。

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彼が「私自身の人間としての問題で有り・・・」という意味・・・なんとなくだが分かるような。
書いていることも真っ当すぎるし。。。彼の魂は あまりにも純粋だったのではなかろうか。

でも 彼が言うところの
「老いと病と死とを超えた、人間の苦悩のすべてを離れた境地を求めること」
それを求めて生きている人間が 世の中どれだけいるだろうか。
そうありたいと私自身思うが・・・それに近づくには どれだけ難しいことだろうか。
だからこそ、それを求めつつも 自分自身が矛盾の塊でも
構わないではないかとも思うのです。
そうでもなければ まともな神経でいられないだろうと思うのです。
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