Carpe diem

飾らず ただ心のままに…
ゲイ/ビアンという言葉
英語だと ゲイという言葉は、男性女性問わず、同性愛者を意味する。
レズビアンという言葉は、勿論、女性同性愛者のことだけれど、その名前の由来は、
サフォーという女流詩人が同性愛者であり、レスボス島の出身であることからである。

日本だと、ゲイ=男性同性愛者、ビアン=女性同性愛者。
あるいは ホモ、レズという言葉を ノンケの人なら使う場合が多いと思う。
ゲイバーのマスターが 以前、ノンケの友人に説明していたけれども、
女性同性愛者に対しては、「ビアン」と呼び、「レズ」という言葉は使わないように
気をつけると話していた。
つまり・・・「レズ」と呼ばれることに嫌悪感を抱くビアンの人がいるから。
ノンケの人からすれば、ビアンだろうと レズだろうと 同じなのに・・と思うだろう。
(実際、レズビアンと言う言葉が分割されているだけなのに・・・確かに不思議)
そのマスターのように、相手への配慮の為、言葉を意識する人もいれば、
同じゲイでも、わたしの友人は、女性同性愛者のことをレズと呼ぶし、
彼自身のことも、ホモだとかオカマだとか 平気で言っている。

ちなみに、私個人としては、ノンケの人がレズという言葉を使うことにも、
日本人がビアンと言う言葉を使うことも 抵抗があった。
女性同性愛者のことも、ゲイと呼べばいいんではないか?と、感じていた。
と言いつつ、今は、ビアンだろうとレズだろうと、ズーレと冗談交じりに言われようと
もう慣れっこになって 気にならなくなったけれど。

という風に思っていたら・・・先日リンクを張ったゲイニュースジャパン
というサイトに以下の記事が出ていた(一部省略)。

ワシントン D.C.)最近のインターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙の記事によると、同紙が参照した一連の文献記事を調べた結果、‘ゲイ'という言葉はもはや男性同性愛者、女性同性愛者の両方を指す言葉としては適当ではないという。

「歴史的に、‘ゲイ'という語は、男性同性愛者と女性同性愛者の両方を指すものであったし、厳密に言えば現在もそうである」とヘラルド紙に話すのは、ワシントン・ブレード紙とニューヨーク・ブレード紙のクリス・クレイン編集者だ。クレイン氏は「しかし、女性同性愛者の多くは‘ゲイ'は男性同性愛者を強く連想させる語と感じ、‘ゲイ'という語の男性同性愛者イメージに自分たちが埋没してしまうのを防ぐため、‘レズビアン‘という語を別に使い出した」と続ける。

アンダーソン=ミンシャル氏はヘラルド紙に対し次のように語った:「同性愛者の世界では、‘ゲイコミュニティー'と言うと多くの場合、その語は主にサンフランシスコのカストロ地区、又は西ハリウッド、‘クイア・アイ・フォー・ザ・ストレート・ガイ'などに登場する男性同性愛者を連想させる。同性愛者全体を指す際に‘レズビアン'という語を併用することは、女性同性愛者が同性愛者社会の単なる一部ではなく、個々のコミュニティーを構成する要素であることを示すものとして必要。私は、女性同性愛者を指す場合だけではなく、‘バイセクシュアル女性や、レズビアンであるトランスジェンダー女性'を包括する場合にも、元は蔑称である‘クイア(queer)'という語を用います。」

ニューヨーク・タイムズ紙のコラムニスト ウィリアム・サファイア氏は、社説の中で「‘ホモセクシュアル'という語がセクシュアリティーに強調を置く語であるために、メディアは悪名高い程に、‘ホモセクシュアル'という語をとりわけ名詞として用いることについて臆病である」と話している。

1970年代というつい最近まで、アメリカ心理学会は‘ホモセクシュアル'という語を‘倒錯、精神病、刑法に触れる行為'と結び付けており、そのため‘ホモセクシュアル'という語にネガティヴな固定観念を残している。


だそうです。
別にノンケの人には 興味ないだろうし、同性愛者でもこんなことは
どうでも良いと思う人も多いだろう。
ネット上では、ゲイのサイトはとても多く、それに比べ断然ビアンのサイトは少ない。
現実社会でも、ゲイの人たちは少しずつ表面化しつつあるけれど
ビアンは 表向きになることは あまりにも少ない。
映画にしても、本にしてもゲイのもののほうが多い。
だから なんなんだ?と言われても 返す言葉もないけれど、
自分自身のことだけ考えて生きている分には どうでもいいと思われることだけれど、
自分の認識するセクシャリティが置かれている現状と言うのは、
やはり まだまだ一般的に当たり前になるには 遥かに長い道のりなんだろう。
人が人を好きになるだけのことなのに・・・。
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